コンサルティング事例 有限会社マルヒロ

波佐見の若き器、町を賑わす

「なんちゃろ」と思った最初の出会い

列車が駅に近づくにつれ、車窓につぎつぎと陶窯のレンガ煙突が現れる。佐賀県と長崎県のちょうど県境にある波佐見町は、安土桃山時代から400年以上つづく「波佐見焼」の産地だ。とはいえ、近くの「有田焼」と違って全国的な知名度は低く、波佐見焼を大々的に名乗る店もほとんどなかった。7年前、有限会社マルヒロの後継ぎ息子、匡平さんが中川と出会い、HASAMIブランドを立ちあげるまでは。

マルヒロへは、駅から車で10分ほど。真新しい店舗や倉庫と棟つづきの事務所は、明るく開放的。奥から出てきた匡平さんを見た瞬間、明るさの元は彼の笑顔だと感じた。さっそく当時のことを尋ねると、少し照れくさそうに話しだす。「最初は、ただ親父にくっついていただけで、中川さんの話をきいても“なんちゃろ(何を言ってるんだろう)”という感じでした」。中川の著書を読み、業績がかんばしくない自社ブランドの相談をもちかけたのは、社長である父。「自分はまだ22歳で、会社のことも経営のことも全くわからず、親父に“この件はすべて息子と中川さんに任せます”と言われた時は、ぼう然としました」。月1回のミーティングごとに中川が出す宿題を提出。2年間の家庭教師のはじまりだ。失敗したくない、なるべく相手に頼りたい。そんな気持ちが一変したのは、スタートから2ヵ月、新ブランドの方向性がまとまりかけた時だった。

自分の中から生まれたマグカップ

「僕が決めた方向性なのですが、じつは中川政七商店の既存ブランドのテイストに合わせようと無理していたんです。それをリサちゃんに見透かされ、“本当にいいの?”と問いただされて」。リサちゃん、とは相棒である社内デザイナー新里李沙さん。「その場で中川さんに電話して、“もう一度考え直したい”と告げました」。初めて自分が本当に「やりたいこと」と向き合うことになり、不安と同時に意欲も高まった。中川の指導で、雑誌の切り抜きなどを集めた「イメージマップ」をつくり、自社や波佐見焼の強みを洗い出し、他にないブランド像を追求する。そして、当時の主流だった「薄くて繊細」とは真逆の、「厚くて無骨」なHASAMIブランド第一弾のマグカップが生まれた。

新製品づくりは、人脈づくりでもあった。「波佐見の伝統的な生産スタイルは“分業”。湯呑みひとつ作るにも、陶土屋、釉薬屋、型屋、生地屋、窯元、上絵屋のそれぞれが作業を分担します。だからこそ、高い技術で効率よく生産できるのですが、新製品をつくるには、すべての製造元に協力を求めなければいけません。これまでは単に出来た商品を買い付けていただけなので、何もわからない素人として頭を下げて、土のこと、型のこと、いちから教わりました」。

一人前の器から、地域を導く大器へ

かくして世に出たマグカップは、見本市で大いに注目を集め、人気アパレルブランドのショップに置かれ、インテリア誌ELLE DECOにも掲載された。新たな仕事の依頼も増え、今や匡平さんは、世界的アーティストのオファーも堂々とこなすブランドマネジャーだ。「他にも、将来の原料不足を見越して端材の再利用を試みたり、後継者を育てるため地元の学校カリキュラムを提案したり、道の駅づくりで地域活性化を計画したり。マルヒロはもちろん、波佐見の窯業全体が元気でいられる未来を考えています」。

「HASAMIブランドの立ち上げを通して、波佐見の分業にあらためて誇りを感じました。会社は違っても同じチームとして伸びていきたい」。中川に出会い、分けてもらった「志」を、頼もしい仲間や黙って見守る父母の支えで育ててきた匡平さん。やがて大きく温かく、この町を包みこむ大器になるかもしれない。

有限会社マルヒロ

馬場匡平さん

1985年、長崎県波佐見町で陶磁器の企画販売を行う「マルヒロ」の長男として生まれる。地元を離れ大阪などで働いた後、マルヒロに入社。現在は商品企画から外部交渉まで事業を幅広く担う。

有限会社マルヒロ
〒844-0014 佐賀県西松浦郡有田町戸矢乙775-7
電話番号 0955-42-2777

www.hasamiyaki.jp

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