コンサルティング事例 庖丁工房タダフサ

三条鍛冶の明日を拓くパン切り庖丁

依頼を本気にさせたひと言

鉄の匂い、年代物の炉や機械、鳴り響く金属音、研がれる前の黒々とした刃物たち。外光を遮ったほの暗い工場のなかは、独特の迫力に包まれた迷宮のよう。近隣から見学に訪れるという子どもたちの、目を輝かせて歩き回る姿が思い浮かぶ。「僕も、物心ついた頃からしょっちゅう出入りしてましたよ」と話すのは、数年前にこの庖丁工房タダフサを継いだばかりの曽根さん。大学から就職3年目まで東京にいたせいか、言葉づかいも話し方も都会的でそつが無い。

「中川さんにコンサルティングを依頼したのは、新潟・三条の刃物産業を守るという市の施策のひとつ。最初はさほど期待してなかったんです」。それを変えたのは、赤字決算という厳しい現実、そして中川のある言葉。「親父が“お客さんの意見を取りいれたものづくりをしたい”と言ったのに対し、中川さんは“客の意見を聞き過ぎてはいけない、我々の方がもっと考えているんだから”と断言されたんです」。父の意見は常識的、でも言われてみれば、自分たちこそがもっと考えたうえで客に提案するべき。「この人といっしょにやれば、何か変えられる」。そう感じた。

パン切り庖丁のヒットが教えてくれたこと

「現在は手仕事の良さを守りつつ、合理化も追求しています」。そんなタダフサの信念が詰まった工場には、併設のショップもある。こちらは一転、商品の輝きが際立つような、明るく洗練されたスペース。「新ブランドを立ちあげてから、来社するお客さんがどっと増えて、店舗が必要になったんです」。オープンしたのはつい最近。「中川さんや身内を招いて、鏡開きならぬ“パン開き”をしました」。なぜゆえにパンか。じつは中川の協力で生まれ、卸専門だったタダフサの名を一躍世に広めたのが、他ならぬ“パン切り庖丁”だったのだ。

「我々職人は、いろんなものをつくれる技術が自慢だから、つい客にあれもこれもと薦めてしまう。でも一般のお客さんには、もっとシンプルで、扱いやすいけど本格的な商品が響くんですよね」。その切れ味に中川がうなり、展示会で料理研究家を夢中にさせたパン切り庖丁も、技術的にはさほど難しくなかったという。「だけど、柄のフォルムやパッケージ、ロゴデザインなど、ブランドの核をつくる部分では、中川さんに紹介されたデザイナーさんに大いに助けられました」。このショップ設計や近年立ちあげた地域活性化イベントでも、中川を介して知り合った一流の人々と仕事することで、自身を成長させられたという。

100年目まで想いをつなぐ

「地域活性化イベントでは、普段は見えない生産工場の裏側を見学してもらい、三条市の優れたものづくりを体感してもらっています」。バイヤーを呼び込むのはもちろん、生産者同士をつなげて受注の窓口を広げたり、子どもたちに地元の産業を伝える目的もあるという。「昔はものづくりがさかんだったんだよ、なんて言いたくない。大事なのは今と未来。タダフサも地元を牽引して、100年企業を目指します」。

100年まであと30年以上。「僕ひとりでがんばってもいいけど…」と、隠しきれない笑みがちらり。じつは小学生になったばかりの息子が、将来の夢を聞かれて「庖丁屋さんになる!」と答えてくれたのだという。「うれしいですよ…泣けました。息子のためにいい会社にしておこう、と思いましたね」。中川に出会った時と比べると、着実に経営を安定させながらも社員数は倍に。平均年齢も大きく若返った。「僕はじいちゃんの臨終の席で、この会社を継ぐと誓いました。その想いを少しでも長生きさせたい」。合理的でクールに見えて、内には熱い鋼の芯を秘める。曽根さんの姿に、タダフサの庖丁、工場やショップのすべてが重なった。

株式会社タダフサ

曽根忠幸さん

1976年、新潟県三条市にある庖丁メーカー「タダフサ」の長男として生まれる。大学を卒業して東京で勤めた後、タダフサに入社。2012年、新ブランド「庖丁工房タダフサ」を立ちあげ、代表取締役に就任。

株式会社タダフサ
〒955-0823 新潟県三条市東本成寺27-16
電話番号 0256-32-2184

www.tadafusa.com

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